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今回の記事でわかること

ITIL®4がリリースされた時代背景
ITIL®4の重要な概念「サービス」「価値の共創」とは

ITIL®の変遷

ITIL®が最初に世に出たのは1989年のこと、ITサービスを運用・管理するためのガイドラインとして、標準的なシステム管理手法を英国政府が書籍体系にまとめたのが始まりです。当時のITシステムは、中央のホストコンピュータに専用端末を接続して利用する、今と比べればかなりシンプルな構成でした。

その後の30年の間に、パソコンやインターネットが普及し、携帯電話やスマートフォンの利用が当たり前となり、ITサービスがクラウド化する中で、我々の社会環境も大きく変わりました。

そのような環境の変化に合わせて、ITIL®も度々姿を変えてきました。2001年にITIL® ver.2、2007年にITIL® ver.3、2011年にITIL® 2011 Editionが発行され、改訂の度に新しい概念や手法が取り入れられてきました。

2019年にはITIL®の最新版であるITIL®4が発行され、近年のデジタル経済に象徴される新しい社会環境の中で、IT対応サービスをどう管理するべきかという抜本的な見直しが行われています。

これから5回にわたって、ITIL®4で謳われている重要な概念を紹介していきたいと思います。第1回は、ITIL®4がリリースされた背景についてのお話です。

サービス化の時代

サービタイゼーション(servitizationサービス化)という言葉をご存知でしょうか。従来からの「モノ(製品)を売る」というビジネスから「コト(サービス)を売る」というビジネスへの転換を、サービタイゼーションと言います。例えば、ある自動車メーカーは、サブスクリプション(月額制)やカーシェアリング(時間貸)などの車貸サービスを新たに展開しています。また、ある農業機械メーカーでは「スマート農業」と称して、圃場管理や肥培管理を支援する営農サービスを開始しています。

ITシステムに関しても「ハードウェア/ソフトウェア製品を所有する」という利用形態から「クラウドサービスを利用する」ことへ移行する企業が増えています。例えば、ERPシステムは、その黎明期においては各企業がサーバ設備を所有して運用することが一般的でしたが、近年では、ITベンダーが提供するクラウドサービスを利用する企業が増えています。このようなサービス化は時代の潮流であり、これからも続くことでしょう。

サービスとは

ITIL®4では「サービス」を以下のように定義しています。

“顧客が特定のコストおよびリスクを管理することなく、望んでいる成果を得られるようにすることで、価値の共創を可能にする手段”

ここで言う「特定のコストおよびリスクを管理する」とは、自らがモノを所有することを表しています。サービスを利用することで、顧客はモノを所有せずに、成果だけを得ることが可能になります。では「価値の共創」とは何でしょうか。これこそがサービス化の時代に対応したITIL®4の重要かつ新しい概念なのです。

価値の提供

以前のITIL®では、サービスのことを「価値を提供する手段」と定義していました。価値とは、サービス提供組織(サービスプロバイダ)から顧客組織(サービス消費者)に対して一方的に届けられるものと説明していました。例えば、電子メールサービスを利用するサービス消費者は、それを提供するサービスプロバイダが作り出した価値を、一方的に受け取っていると考えられます。(図1)

以前のITIL®における価値の提供

図1

価値の共創

サービス化の時代の中にあって、以前であればサービス消費者とみなされていた組織が、自らの付加価値を含めた形で、自らのサービスとして別のサービス消費者に提供するビジネスが一般的になってきました。例えば、クラウド・プラットフォーム(PaaS)の消費者が、自ら開発したソフトウェアを使ってクラウド・アプリケーション(SaaS)を提供する、さらにその消費者が自らのノウハウを活かして市場分析サービスを提供するなど、サービスの連鎖と言える状況がみられます。

ITIL®4の「価値の共創」の概念では、サービスプロバイダとサービス消費者が協力関係を維持することによって、協働して価値を創出する重要性が謳われています。サービス消費者は単にサービスを利用するだけの存在ではなく、価値の創出のために積極的に関与すべきとされています。(図2)

ITIL®4における価値の共創

図2

VUCAへの対応

もう一つ、ITIL®4の背景として忘れてはいけないのがVUCAへの対応です。VUCAという言葉は、元は軍事用語であり、米ソ冷戦末期の1987年頃から使われ始めたと言われています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった造語であり、社会環境の複雑性が増したことで将来の予測が困難な状況を表しています。

以前のITIL®では、サービスプロバイダ内部の活動を標準化し、可能な限り定型プロセスとすることがサービス品質の改善につながると説明していました。この考え方は、品質管理(Quality Control)の基本でもありますが、すべての状況は予測可能であることが前提となります。

ITIL®4では、標準化された定型プロセスを重視しつつも、予測困難な状況の中での臨機応変な働き方の必要性も説明しています。前者をアルゴリズムタスク、後者をヒューリスティックワークと言います。将来的にはAIの更なる活用により、アルゴリズムタスクの自動化が進むと考えられます。

ヒューリスティックワークへの移行

ITサービスを取り巻く状況はVUCAそのものです。図らずも、2020年からのコロナ禍では人々のライフスタイルが激変し、先行きが不透明な状況の中で、ITサービスには新たな需要が生まれています。例えば、行動制限にあって多くの企業では在宅勤務が制度化され、俄かにテレワーク需要が生まれました。リモート会議は当たり前になり、バーチャルな働き方が一気に普及しました。

このような変化の中で、サービスプロバイダ活動におけるヒューリスティックワークの比率は、次第に高まっていくと考えられます。VUCAへの対応は、ITIL®4の重要ポイントの一つです。

まとめ

今回は、ITIL®4がリリースされた背景として、サービス化やVUCAへの対応があるということをお話ししました。次回は、ITIL®4の重要な概念であるバリューストリーム・マッピングについてご紹介したいと思います。

本連載記事について

本連載記事では、ITIL®4やITSMの企業向け研修を担当する講師が、研修受講者から日頃よく受ける質問に答えるような形式で、ITIL®4の重要ポイントをわかりやすく解説しています。ITIL®4への理解を深め実務に活かすための一助として、ぜひお役立ていただけますと幸いです。

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執筆者紹介

DXコンサルティング 長崎健一氏

株式会社DXコンサルティング
DXコンサルティング部
テクニカルエキスパート認定インストラクター
長崎 健一(ながさき けんいち)

外資系コンピュータメーカーにて、ITコンサルタントとして従事し、現在はITSM研修の講師、ITSM導入支援を担当している。

※ITIL(IT Infrastructure Library®)はAXELOS Limitedの登録商標です。


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